ニート気質な僕の生きる道

仕事を辞めて無職でニートになった僕がどう生きていくのかを綴った日記です。またニートやひきこもりなどなかなかうまくいかない人が一歩踏み出せるような、後押しができるような記事も書いていきたいと考えています。

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タダでモノがもらえることを実感する日々からいろいろ考えてみた。

最近は劇的なマネー不足で何かを買うということがあまりないのだが、普段の生活やブログを書いたりTwitterをしていると「意外とタダでモノってもらえるんじゃないか?」というのを実感している。

 

 

たとえばこちら。

 

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ご存知の方もいると思う。現在アニメ放送中の「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画だ。随分前の話だが、この漫画の1~63巻まで(第1部~第5部まで)を僕は友達から譲り受けた。

 

 

新品で買えば1冊400円だとして25200円。古本で全巻100円で揃えても6300円。それなりにお金はかかる。

友達がかなり太っ腹だということもあるがお金は一切払ってないし、何かと物々交換したわけでもない。本当にタダでもらえたのだ。(もちろん脅したわけでもない。)

 

 

 

さらにこちら

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やたらとど派手な段ボールに驚いた方もいるだろう。この中には「ORANGINA」という炭酸飲料が入っている。

 

 

ネットで知り合った方から「タダでオランジーナがもらえるキャンペーンやってるよ」と教えてもらって手に入れたものだ。試供品と書かれていることからも、これがタダで配られたということが分かるはずだ。

 

 

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箱を空けるとこんな感じ。

 

 

さすがに、24本全部一人で飲みきることは出来なかったので、母親や姉にあげたり母親が友人と出かける際に飲んでもらったりした。ちょうどこれから暑くなるという時期にゲットできたので、暑がりが多い僕の家族にとってはいいキャンペーンであった。

 

 

これだけ大きいと送料ぐらいかかりそうなものだが、当然そういったものも一切かかっていない。

 

 

またつい先日もネットで知り合った方に「ジャングルブックのチケットが余っているから見に行かないか?」と言ってもらい、これまたタダで「ジャングルブック」を見ることができた。

 

 

映画代はたしか1800円だったかな。これだってニートちゃんの僕からしたら大金である。今の僕の財力では残念ながら普通にチケットを買おうと思うと少しだけ躊躇するかもしれない‥‥‥。ただ、結果として僕はこれに関してもタダで見に行くことができた。これも何か物を交換したわけではない。

 

 

まだまだ物をもらったケースは沢山あるのだが、長くなるのでここでは省略。このように最近、「タダでモノをもらう」っていうのがけっこう当たり前のようになってきていてちょっと驚いている。では、「なぜタダでモノがもらえるのか??」その辺のことを少し考えてみようかなと思う。

 

需要と供給がマッチした

 

当然だが「モノをもらう」ということは相手が「モノをあげたい」という状況でなければ成立しないことだ。

 

 

冒頭で書いた「ジョジョの奇妙な冒険」をくれた友人はある時点で「この漫画はいらないから誰かにあげよう(もしくは捨てよう)」と思っていたはずだ。なぜ、いらないと思ったのかは分からない。もしかしたら、63巻もあるので、スペースをとられるのが「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」(ジョジョのキャラのセリフ)と思ったのかもしれない。もしくは飽きたのかもしれない。

 

 

いずれにせよ、僕はジョジョの漫画がほしくて彼はジョジョの漫画をいらないと思っていた。お互いの需要と供給がマッチしたから僕は漫画をタダでゲットすることができたと言えるだろう。まぁ、当たり前っちゃ当たり前のことなんだけどね。

 

価値を提供している

 

 

需要と供給がマッチすることは大前提として次に重要なのが「価値を提供すること」だろう。

 

 

これまた漫画をくれた友達との話から考えてみる。友達がこの漫画を誰かにあげたい、もしくはいらないと思っていたのはまちがない。

 

 

ただ、ここでもし全く見ず知らずのおっさんがいきなり現れて「この漫画をください」といったらどうだろう。確かに「ほしい」「あげたい」という需要と供給のマッチングは出来ている。

 

 

だが、おそらくその赤の他人のおっさんが漫画をゲットできる可能性は少ないだろう。なぜなら

 

 

「友人がその人に漫画をあげても何のメリットもないし、相手から何の価値提供も受けてないからだ」

 

 

見知らぬおっさんがその友人に何か価値を提供しただろうか??いやっ、していない。むしろ不気味なおっさんが現れたという不快感すらあるかもしれない。そんな人にモノをあげる人はなかなかいないだろう。友人が超絶太っ腹ならわからないが、確率は相当低いはずだ。

 

 

では、見知らぬおっさんと実際に漫画をゲットできた僕の違いは何だろうか?僕もおっさんも物や金銭を友達にあげていないということでは共通している。何が違うのか?それは

 

 

「価値を提供しているかどうかだ。」

 

 

では、ここでの価値とは何を指すのだろうか?簡単に言うと「友達でいること」だと思う。

 

 

いやっ、ただ友達でいるだけならばもしかしたらもらえないかもしれない。ここでは相手から「こいつと一緒にいると楽しい時間を送れる」とか「こいつといると学びになる」とか「人生が充実する」といったようなことを感じてもらえる必要がある。

 

 

当時、僕の友達が僕のことをどう思っていたかは分からない。だが、自分の家に僕を呼んでゲームやらなんやらをして遊んでいたということは、ある程度「こいつと遊んでいて楽しいな」とか「こいつと一緒にいたいな」と思わせるものがあったのだろう。(もしかしたらイヤイヤだったのかもしれないけどね。)

 

 

そういう関係性だったからこそ僕がジョジョがほしいという需要と友人がジョジョを誰かにあげたいという供給がマッチした時に、友人は「こいつにならあげてもいいかな」という考えに至ったのではないだろうか?

 

 

つまり、日常的に僕から何かモノをあげたりということはしていないけど「楽しい時間」「心地の良い時間」「笑える時間」という無形の価値を知らず知らずのうちに提供していた事で漫画をゲットできたのではないか。僕はそういう風に思っている。(これで友人が誰にあげても良かった。たまたまタイミングが良かっただけとか言われたらちょっとへこむ(笑))

 

 

 もう一つの例、「ジャングルブックのチケットをくれた人」との話についても考えてみよう。

 

 

この人と僕は共通の趣味というものがあってネット上で知り合った。だが、実際僕とその人は一度もリアルの場では顔を合わせたことすらないし、お互いの名前も知らない。僕のことをその人は「ラッキーマンさん」と呼ぶし、僕もその人のハンドルネームで呼ぶ。

 

 

一見すると遠い関係に見えるのだが、何故その人は僕に「映画のチケットをタダでくれたのか?」

 

 

それは僕が「その人にタダ券を与えてもいいと思わせるような価値を提供している」からだと考えていいと思う。ただ、この考えに至った時ふとこう思った。

 

 

「はて?僕はその人に何か価値を提供しているだろうか?」

 

 

ぶっちゃけ、僕はその人から情報などをもらいまくっている側の人間なのだ。実はオランジーナの情報もその人からもらっている。完全に価値をもらう側の人間になっており、与える側の人間ではないようにも思える。ぶむ、ではなぜあの人は僕に映画のチケットをくれるのか?

 

 

そう考えていた時に僕はふとその人のある言葉を思い出したのだ。

 

 

「ブログをいつも楽しみに見てるんですよー。」

 

 

これだ!!!!

 

 

そうだ。このブログだ。このはてなの片隅でニートが叫んでるこのブログがその人に「楽しい時間」という価値を提供しているのだ。(自分で書いていて恥ずかしいが)

 

 

大勢の心には響いていないかもしれない。大方既読スルーされてしまうようなこのブログ。他の人とのPV数の差で白目をむきそうなこのブログ。でも、少数ではあるが「楽しい」とか「参考になる」なんて思ってくれる人がいて、そこに価値を感じてくれている。

 

 

だから、今回のように「チケットをあげましょうか?」という提案をしてくれるのかもしれない。(またまた想像でしかない。この人の場合チケットがかなり余っていたらしいから別に、そんなこと全く考えていない可能性もある)

 

 

まぁ、どちらにせよ僕のブログを見てTwitter上でつながってくれた方だ。だから少なくともその方にとって「このブログはちょっと価値がある」と考えているのかもしれない。(と思い込んでいる。)

 

 

たとえ少数でも誰かに価値を感じてもらえることは嬉しいし、結果としてこうやってモノがもらえたりするのはもっと嬉しい。いやっ、モノとかじゃなくて言葉だけでもかなり嬉しい。メッセージとかもらうたびに「やっててよかったな」と思う。いつもありがとうございます。

 

 

今はタダでモノをもらえる環境が整っている

 

 

タダでモノをもらうということからあれこれ考えてみたのだが、今の時代はモノも余っているし、ネット環境が整備されており日本中、いやっ世界中の人と繋がれる。それだけ「モノをもらいたい」という人と「モノをあげたい」という人がつながりやすい環境だと思う。需要と供給がマッチしやすい環境だと言える。

 

 

僕が映画のチケットをもらったのはTwitter経由だし、ブログ、YouTube、Facebook、インスタグラムなどなど、ありとあらゆるところで誰かと繋がれる時代だ。そこで情報を発信したりして価値を提供できれば何かをもらえる可能性は高まる。

 

 

人気のユーチューバーなんて動画の下の情報欄に「欲しいものリスト」を設置してたらメチャメチャ沢山モノが届くだろう。それは彼らが特定の人たちに「楽しい」とか「面白い」みたいな価値を提供できているからである。

 

 

ブログの例も見てみよう。実際ブログに「Amazonの欲しいものリスト」からものをもらったという報告をしている人を僕は何人も見てきている。僕も最初そういう報告をしている人を見て信じられなかった。「ネットでモノなんてもらえるのか?」と思った。でも、実際にそういう人は何人もいるのだ。ちょっと「Amazonほしいものリスト ゲット」とでもググればそういう人は相当数でてくるはずだ。

 

 

www.amazon.co.jp 

 

もちろん、こういうものを設置しているだけでほしいものがもらえるわけではない。(僕も未だにゲット報告は出来ていない。まだまだ価値を与えられるブログになっていないということだろう。)

 

 

「このブログ面白れぇぇなぁ♪」「このブログ読んでてよかったな。」「このブログ役に立ったな」「このブログメチャメチャ参考になったな。」

といった感じで相手にとって価値を感じてもらえていなければ、何かをもらうことはできない。

 

 

相手に価値を与えていないのに「モノが欲しい」とつぶやくのはその辺の路上で「○○欲しぃぃぃー!!!!!」と叫ぶようなものだ。それではおそらくほしいものをゲットすることは出来ないだろう。(今の僕ね。)要するに「クレクレ君」では駄目なのだ。まず自分から与えるのだ。

 

 

リアルでもネットでも1にも2にも価値価値価値。何かをもらう、何かを手に入れるにはまず相手に価値を与えよう。ネットの普及により住んでる場所や距離に関係なく誰かに価値を与える環境は整っている。

 

 

まとめ

 

今回僕は別に「タダで誰かからモノをもらう方法を」を書いたわけではない。モノをタダでもらうというのはどういうことなのか?を自分なりの言葉で考えてみたからに過ぎない。でも、これはたぶん金銭が発生する場合でも物々交換の場合でも同じような気がしている。

 

 

「需要と供給がマッチしている」「価値が提供できていること」はお金が発生していようがしてなかろうが関係なく何かを得るためには必要なことだ。

 

 

そして何度も言うが

 

 

「まず価値を与えること。」

 

 

これが最も大切だと思う。

 

 

楽しい、おいしい、面白い、美しい、キレイ、ありがたい、気持ちが楽になる、役に立つ、喜ばしい、笑える、居心地がいい、嬉しいなどなど。なんでもいい。どんな相手がいてその相手にとって何の価値があるのか。その相手は何に価値を感じているのか?

 

 

それを考え続けそして与え続けることができれば多くのモノ、それは物理的なモノだけじゃなくて精神的な充足感なども得られるような気がしている。

 

 

僕も何らかの形でもっと誰かにとって価値のある事を書いていけたらと思っている。そして時々ふざけた記事も書こうと思っている。

 

 

 

それでは今回はこの辺で!!

最後までご覧いただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!!