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ニート気質な僕の生きる道

仕事を辞めて無職でニートになった僕がどう生きていくのかを綴った日記です。またニートやひきこもりなどなかなかうまくいかない人が一歩踏み出せるような、後押しができるような記事も書いていきたいと考えています。

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何かを始めるのに遅すぎることなんてないんじゃないか?

ニートの思考、考え

ブログだろうが、勉強だろうが、仕事だろうが何だろうが

 

 

「何かを始めるのに遅すぎる」

 

 

なんて事はないと思います。

 

 

僕のブログはニートやひきこもり系の人も見るブログなので、割とそういう方向けのものになりますが、たとえば友人が大学卒業と同時に就職したのに自分は就職できずに家に引きこもってしまったとしましょう。

 

 

まぁ、へこみますよね。特に若い時期なんていうのは「他人と比べてしまう」なんて人も多いと思います。「アイツは頑張ってるのに自分は‥‥‥。」みたいなこう劣等感というのかな、そういうものが膨らんでいって余計に自身がなくなって動けなくなってしまうみたいなね。誰のことかっていうと

 

 

「俺のことだ!!!!!!!」

 

 

っていうわけで、僕のことをそのまんまお伝えしてるんだけど、当時の僕と同じような人も多いと思うわけです。そんで「自分はもうダメだ」「自分は働けない」とかこうあれこれ考えてしまうんですね。

 

 

今の僕からしたら「ヘイ、ユー!!それは思い込みだ!!」と言えちゃうぐらい、当時の僕は視野が狭いわけです。でもいったん思い込んで自信失うとなかなか動けないの人の気持ちはめちゃめちゃよく分かります。当時の僕はほんと動けない自分がつらくて情けなくて「この世から消えてしまいたい」とすら思ってましたからね

 

 

いやっ、消えないでいいだろ(笑)って当時の僕と今悩んでいる人に軽く突っ込んでおきます。消える必要なんてないですよ。悩んでるところからの気づきもあるし、学べることもありますからね♪そんなに自分を責めすぎず自己否定しすぎないでください。そっから進んでいけば何も問題ありません(^^

 

 

ただ当時の僕が周りの人から出遅れてしまったのもまた事実。みんなスーツを着て初々しい姿で通勤していったりするわけですよ。でもそんな周りの人とは違ってそこから僕は1年半近く働くことが恐くて何もすることができませんでした。(時々ハロワ行ったりする程度)ビビりすぎてタウンワークみるだけで手がブルブルと震えてたんだから、当時の僕がどれだけ自信がなくて働くことにおびていたのか分かるでしょう。

 

 

そんな出遅れ組の僕でもほんのちょびっとずつですが動き始めます。最初はいきなり働き始めたわけじゃなくて、それこそハローワークに毎週行ってみたり、僕のブログでもたびたび登場するサポステで相談にのってもらったりなんて事をノロノロとやっていたわけですよ。読書も継続していましたね。

 

 

周りの働いている人とかこうやる気にみなぎって何かに邁進してる人からすりゃ動いてないも同然。だけど自分からしたら確実にちょびっとずつ前進してる感覚はあるわけですね。成長というか「あっ、自分少しずつ前向きになってるな」とか「少し明るい気持ちになってるな」みたいな感じね。そうやって自分なりのペースで周りとか関係なくすすんでいくことで徐々にではありますが、働くことへの怖さなんかも薄れてきたんです。

 

 

結果的にそこからバイトをして専門学校に通い始めて卒業して働いてまたニートに戻るっていうね(^^;決して褒められたもんではないですけど、じゃあ前の僕とおんなじ状態か??と言われたら違うわけですね。前よりも経験値は増えてるし知識も増えている。同じニートでも20代前半の僕と今の僕では違うわけです。

 

 

ちなみに専門でも僕より年上の人が同じクラスに何人かいたりして「ああ、年齢関係ないんだな」っていうのはここでも実感しました。30近くになってから違う分野のこと学ぼうとしている人がいましたからね。そういう経験も出来たのは良かったなーなんて思います。

 

 

そりゃ、胸張って「僕はこれだけ成長しました」なんてドヤ顔は出来ませんよ(^^;またどうやって生きていこうかって悩んじゃってるんだから。でも、20代半ばでニート状態の時に「ちょびっとずつでもやっていこう」としなかったらもしかしたら今もずーっと動けないままだったかもしれない。むしろ存在そのものすらなかったかもしれない。こうやってブログとかTwitterなんてものをやることもなかったかもしれない。

 

 

そう考えると僕にとってひきこもったり、学校行きなおしてまた無職になってていう経験は決して無駄じゃなかったなと思うわけです。むしろ必要なプロセスだったんじゃないかと思うぐらいなんですね。

 

 

「出遅れたけど動き始めてよかったな」

 

 

なんて感覚になるんですね。くっそのろいペースだし立ち止まったりもしちゃってるけどそれでも気づけば前よりは前進できている。その感覚って大事なんじゃないかなと今では思うわけです。

 

 

 

なぜ何かを始めるときに遅いと感じてしまうのか??

 

 

僕や周りの人の経験とか本読んだりして考えてみたんですが、

 

 

「周りの人と比べる」

 

 

のがよくないんじゃないかなぁ。

 

 

そりゃ物事には早く始めた人もいれば遅く始めた人もいますよね??早く始めた人の方が自分よりも知識もあるし技術もある慣れてるしってことで比較すると「全部が自分より上じゃないかー」ってなって嫌になっちゃう。それじゃあなかなか物事をスタートすることは出来ないし、「もっと早く始めときゃよかった」なんて思っちゃうわけです。

 

 

でも、この場合そうやって比較する必要なんてないわけですよ。ここ数年注目度の高いアドラー心理学でも「上を目指すんじゃなくて前進することを目指そうぜ!」っていうニュアンスの事を言ってます。

 

 

自分が前にすすんでるかどうか、昨日よりもちょびっとでも前進しているかどうか。あくまで「自分が」ですね。他人とかそういうのは関係なく。そういう感覚でいればいつから始めたとしても関係ないし、それが遅すぎるなんてことはないんじゃないかな?

 

 

あとありきたりだけど気づいたときやろうと思った時が一番若いわけです。もし「何かしたい」って思うことがあるんならその時からやり始めた方が知識も技術も早いうちに習得できちゃうと思います。向いてなきゃ向いてないでまた方向修正するのもOKでしょう。それも若いうちの方が色々縛りなくて動きやすいのかなぁなんて僕なんかは思いますね。

 

 

最後に

 

「何かを始めるのに遅すぎることなんてない」

 

 

という事例の一つとしてケンタッキー・フライド・チキンでおなじみの「カーネルサンダース」さんのことを紹介しておきます。

 

 

この方ね。

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出典:鎧を着たカーネルおじさん

Tatsuo Yamashita | Flickr

 

 

彼の人生って波乱万丈でかなりの職種を経験してて、(確か40種類以上とか)起業後は火災にあったり倒産したりで決して順風満帆の仕事人生じゃなかったらしいんですね。

 

 

頑張ったんだけど結局負債が多すぎたのでお店の経営をやめたのが確か65歳。ほんとにお金なくて財産もない状態ですよ。しかも、もういい年齢ですよね。でも、カーネルおじさんはそっからまたある事を始めるわけです。それが

 

 

「フライドチキンを全米に広める。」

 

 

っていうことです。それまでの経験でうまいチキンのつくり方っていうのは頭の中にあったんですよ。そんでカーネルはアメリカ中回って「チキンのつくり方教えるからフランチャイズ契約しない?」ってもちかけるわけ。

 

 

最初はうまくいかないんだけど、やっぱあのチキン美味いじゃないですか??あのチキンをお店の厨房借りたりして実演販売するんですよ。そんでお店のオーナーに食べてもらうわけです。「こりゃうまい!!」ってなりますよね?食い物は食べさせるに限る!!

 

 

そうやってアメリカ中にチキン広めてやがて世界中にケンタッキー・フライド・チキンの店が出来ちゃうわけですから、カーネルすげぇですよね。もちろんそれまでにチキンを作るノウハウだったりとかっていうのは積み重ねてきたわけだけど、それでもアメリカ中にチキンを広めようとし始めたの65歳ですよ。サラリーマンなら定年で「旅行でもいこうかなぁ‥‥‥。」なんて考えちゃう年齢にそういうことはじめちゃうんだなー。

 

 

そう考えるとさ

 

 

 

「何か始めるのに遅すぎることなんてないんじゃないか?」

 

 

って思いません??別にカーネルおじさんなみのでかいことじゃなくてもいいんですよ。なんか趣味とか、「あれやってみてねぇな」ってことでもなんでもいい。ちょびっとずつでも始めてみてそんで、他人と比べず自分なりに少しずつ前にすすんでいく。その感覚を持っていればきっと「もっと早く始めておけばよかった」とか思わずに済むんじゃないかなと思っています。

 

 

ついつい他人と比べそうになる自分への戒めも込めて。

 

 

 

それでは今回はこの辺で!!

最後までご覧いただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!!