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ニート気質な僕の生きる道

仕事を辞めて無職でニートになった僕がどう生きていくのかを綴った日記です。またニートやひきこもりなどなかなかうまくいかない人が一歩踏み出せるような、後押しができるような記事も書いていきたいと考えています。

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誰かを殺したいと思うぐらいなら距離をおけ!!と僕は言いたい。

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どうも、ラッキーマンです。

 

 ちょっと前に僕はこんな記事を書きました。

reon5653desu.hatenablog.com

 

この記事は婚約者と実家に帰った男性が自宅で父親と口論になり、刺殺してしまったという事件を見て書いたものです。

 

内容をざっくりいうと「親子といえど分かり合えないこともあるし仲が悪いこともあるのだから、無理に仲良くしようとしたりしなくてもいいと思う。」って感じです。親といえど他人だし決定的にこじれた関係を修復できないのならば近寄らない方がお互いのためじゃないか?という疑問を持って書きました。

 

 そんな理由で記事を書いたその数日後に今度はこのような事件が起きてしまいました。

www.asahi.com

 

こちらの事件は19歳の専門学校生が仲の悪い父親を殺害すために自宅に火を放ったというものです。結果として死者は出ずにすみましたが、家には母親と弟も同居しており、下手をすれば一家三人が犠牲になる可能性もありました。

 

仮に父親が憎くてどうしようもないとしてもことを起こしてしまえばそれは犯罪であり、罪を償わなければなりません。19歳の彼には自分の罪を認め反省してもらればなと思います。

 

ただ僕は今回の事件もやり方次第では「起きなくて済んだ事件だったんじゃないか?」なと思っています。

 

 

距離が近いがゆえに事件は起きた

 

今回取り上げた2つの事件というのは親子の間に起きた事件です。親と喧嘩をする人なんて世の中には沢山いると思いますが、殺してしまおうと思うほど憎しみを募らせる人はそう多くないはず。そう考えるとどちらの事件も息子と父親との間にいい関係を築けていなかったといえるのではないでしょうか?

 

専門学校生のケースは普段から一つ屋根の下で父親と一緒に暮らしていました。殺してやりたいとまで思うぐらいに仲が悪かったわけですから、おそらく息子からしたら一緒にいるだけでも苦痛だったはずです。

 

毎日顔を合わせるたびにおそらく憎しみがどんどん募っていく。「あいつの顔なんて見たくもない」と毎日のように思いながら生活する。ずーっと怒り続けるなんて不可能だと思います。しかし自分にとって本当に嫌だと思っている人間と毎日顔を合わせるならもしかしたらその怒りも継続してしまうのかもしれない。

 

同居しているということは365日相手と共に過ごすということです。たとえお互いに顔を合わせまいとしていても同じ空間にいる限り父親の気配は感じるし、話し声や帰ってくるときの音などで意識をしてしまうはずです。父親を避けることも意識していることに変わりはないですからね。

 

やがて継続した怒りとか憎しみがピークを迎えて犯罪に手を染めてしまう。

 

この場合どうすれば事件を防げるのでしょうか?僕の主観的な意見ですが一番手っ取り早いのは「お互いの距離をおくこと」だと思っています。

 

この場合の距離というのは単純に物理的なものだけじゃなくて心理的なものもふくめます。

 

物理的な距離をおく

 

今回の専門学校生のケースは親と同居していたのも事件が起きた一つのきっかけだと僕は思っています。

 

同じ屋根の下にいるがゆえにどうしても親のことを意識してしまう。親のことが頭から離れなくなってしまうわけです。

 

であるならばこの場合少年が親から離れて一人暮らし(もしくは友人などとシェアハウスに住む)をするという選択肢を選んでいたとしたらどうだったでしょうか?

 

まず毎日仲の悪い父親と顔を合わせることはありません。毎日顔を合わせることはないのだから、父親のことを意識しなくて済むかもしれません。

 

たとえ最初は「父親のことが憎い、殺してやりたい。」と思っていたとしても、離れて暮らしていれば常に父親のことを考える必要はないでしょう。段々と別のことに意識が向いていくはず。そうなればたとえ今までは憎さ100%だったのが、憎さ60%ぐらいまで下がるかもしれない。

 

少なくとも同じ屋根の下で暮らしていた時よりは憎しみとか薄らぐと思うし、案外一緒の場所にいなければ「どーでもいいわ。」となっていたかもしれない。そう考えると嫌いな相手やどうしても分かり合えない相手と一緒にいることってデメリットしかない気がしますね。

 

心の距離もおく

 

何となくどこの世界にも「親とは仲良くしなければならない」っていう観念みたいなものがあると思うし、僕もそれは素晴らしいことだと思います。できれば僕も一生涯親とは仲良くしたいしいい関係を築きたいです。

 

でも世の中にはたとえ血のつながった親子といえどどうしても歩み寄れない、どうしても理解しあえないそんな関係の親子もいるわけですよ。

 

そんな人に「親子は仲良くするべきだ!!」なんて言ってもそれは無理だし呪いの言葉でしかないよ。それで無理に歩み寄ろうとしたってそれはさらに関係性をこじらせるだけじゃないかな?その縛り付け誰が得するの?って話ですよ。

 

親子であっても決定的に仲が悪いのなら別に仲良くしなくていい。それぞれがそれぞれで幸せに暮らすための道を考えればいい。その方が建設的だし争いも起こりづらいんじゃないだろうか?

 

「親とは仲良くできた方がいいよね。でも無理なら距離おいてもいいよね。」

 

その方がどちらも物凄く楽だと思うんですよね。もうどうしても仲良くなれないんだったらしょうがないよね、だって無理なんだもの。それでいいんじゃないか?無理やり距離を縮めようとする方がものすごくしんどいし、結果的に見返りも少ない気がしますね。よりこじれちゃう気がします。

 

まとめ

 

いくら血を分けた親子であったって言ってしまえば他人と他人。各々には人格があって考えも違う。だから時には理解できないこともあるし、分かり合えないこともある。親子といえど決定的に仲が悪くなってしまうこともある。

 

だったら距離をおきましょう。分かり合えないのはしかたがないと割り切りましょう。ちょっと寂しいかもしれないけど、それで事件を起こしちゃったりより関係がこじれるぐらいならよっぽどいいでしょ?

 

「親子といえど無理に分かり合わなくていい。無理に歩み寄ろうとしなくていい。」

 

これは子供の立場からだけでなく親御さんにも言えること。距離をおくことで解決する問題もある。距離おき時間がたてばお互い少し分かり合えるようになるかもしれません。それでもダメならそれはそれ。無理に距離を縮める必要はないはずです。

 

時には距離をおくことも大事であるということ。距離多くことで防げるかもしれない争いがあること。それだけは覚えておいてください。また悲しい事件が起きないことを願っております。

 

それでは今回はこの辺で。

最後までご覧いただきありがとうございました!!

次回もよろしくお願いいたします!!