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ニート気質な僕の生きる道

仕事を辞めて無職でニートになった僕がどう生きていくのかを綴った日記です。またニートやひきこもりなどなかなかうまくいかない人が一歩踏み出せるような、後押しができるような記事も書いていきたいと考えています。

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まさに波乱万丈!!カーネル・サンダースの人生が面白い!!

働き方、生き方の本 本の感想(ジャンル問わず)

どうも、ラッキーマンです。

 

 

先日、こちらの本を図書館で借りて読んでみました。

 

 

 

ケンタッキー・フライド・チキンでおなじみ「カーネル・サンダース」の生涯がつづられたこの一冊。読んだ感想を簡単に言うと

 

 

「カーネルおじさんハンパねぇ‥‥‥(^^;」

 

 

 です。実はちょこっとカーネルさんの山あり谷ありの人生を見聞きしたことがあった僕ですが、この本読んで改めてその人生の波乱万丈さに驚きました。

 

 

今、生きてたら確実に「いつみても波乱万丈」に出演をオファーされていたレベル。いやっ、第1回目のゲストで呼ばれてもおかしくないんじゃないかな??僕も数多くの方の人生を本で見てきましたが、ここまでジェットコースターみたいな生き方をしてる人はあんまり記憶にありません。

 

 

きっとこの本を読めば「ケンタッキーのお店の前でにこやかに笑っているカーネルおじさんの歩んできた人生がここまで強烈なものだったとは」とビックリするでしょう。

 

 

職業経歴がものすごい

まず、読んでいてとても印象に残ったのはカーネルおじさんが経験した職業の数です。カーネルおじさんが産まれたのは1890年(日本だと明治23年)おじさんが最初に働き始めたのはなんと10歳の頃

 

 

5歳で父親を亡くしたため女手一つで3人の子供を育てる母親を助けるために働きに出なければなりませんでした。以下おじさんの職業経歴を簡単に書いておきます。

 

農場の手伝いからペンキ塗り。
ペンキ塗りから再び農場の手伝い、さらに路面電車の車掌。
路面電車の車掌から軍隊入隊、除隊後に鍛冶屋見習いに。
鍛冶屋見習いから機関車の灰さらい、さらには機関士へ。
機関士からなぜか弁護士実習生に転身。
弁護士実習生から保線作業員、さらにプルデンシャル保険のセールスマン
保険のセールスマンからフェリー運航会社を設立。さらに商工会議所の秘書。
秘書を辞めフェリー運航会社からも手を引きアセチレン・ライト製造販売会社を設立。
アセチレン・ライト製造販売会社が倒産し破産。ミシュラン・タイヤのセールスマンに。
大けがのあとスタンダード石油のサービス・ステーション(ガソリンスタンド)を経営。
世界恐慌の影響でサービス・ステーションが破綻。
シェル石油のサービス・ステーションを経営。
サービス・ステーションにレストランを設置。この頃助産士の仕事もする。
サービス・ステーションにモーテルを併設し事業は大成功。
と思いきや、レストランとモーテルが全焼。それでも必死の覚悟で再建する。
第二次世界大戦中はテネシー州にある軍のカフェテリアで運営責任者に。
巨額の税金の支払いで実質破産する。
モーテル事業が再び軌道に乗ると州議会議員に出馬。しかし落選。
事業不振でレストランとモーテルを売却。65歳で無一文になる。

引用元:カーネル・サンダースの教え 人生は何度でも勝負できる!

 

 

す、すげぇ‥‥‥。の一言ですよね。ちょっと時代が違うとはいえここまで多くの職業を経験する人ってそんなにいないんじゃないでしょうか?

 

 

この経歴を見てすでにお腹いっぱいの方もいると思います。でも既にお気づきの方もいるようにこの時点ではまだフライドチキンの話が出てこないんです。これはどういうことかというと‥‥‥

 

 

「ケンタッキー・フライド・チキンはカーネルが65歳で無一文になった後に立ち上げたビジネスだ!!」

 

 

ということです。正確に言うとガソリンスタンドに併設したカフェでフライドチキンを出してはいました。でもそれはあくまでカフェのメニューの中の一つという感じで、フライドチキンを前面に押し出したビジネスではなかったんですね。

 

 

無一文になってしかも65歳という当時ならもおじいちゃんと言っていい年齢ですよ。正直僕なら65歳まででこんだけやったならもういいやって思う。でもカーネルは無一文になったとこから自分の頭の中にあるフライドチキンのレシピを武器に再び勝負を仕掛けるわけです。不屈の男カーネル。ハンパねぇ‥‥‥。誰にでもマネできることじゃありません。

 

 

本書ではそんな驚きの人生を送ってきたカーネル・サンダースの人生を追体験することができます。

 

 

何かを学ぶためにこの本を読むのもいいですが、まずは単純に「カーネル・サンダース」という男の生きざまを読んで楽しめばいいんじゃないかな。先述したように波乱万丈な彼の人生は物語として普通に面白いです。「おじさん、すげぇ!!」って感想を抱くと思います。そんなに分厚くないし続きが気になってあっという間に読めちゃいますよ。

 

 

もちろん、ビジネスマンとして生きたカーネルの人生からビジネスに必要な考え方も学ぶことができます。彼はセールスマンや飲食店の経営者としても優秀でしたから。でも、僕が一番彼の凄いなと思うところは

 

 

「ちょっとやそっとじゃ諦めない心」

 

 

だと思います。ぜひこの部分に多くの人に触れてほしいです。彼の人生は僕らとは比較にならないほど失敗を繰り返してきた人生です。それでも諦めず「どうすればうまくいくだろうか?」と考えて行動に移し続けたカーネル。彼のその生き方に触れることで、きっと勇気をもらえるはず。そしてフライドチキンが食べたくなるはずです(笑)

 

 

カーネルの意外な素顔

 

 

面白い人生を歩んできたカーネル・サンダースですが、実は意外なエピソードが沢山あってそれも本書を読んでいて楽しめる理由です。以下、その中から特に印象深かったエピソードをご紹介してみようと思います。

 

けんかっ早い男

カーネル・サンダースに対してケンタッキーの立像から「温和な白髪とひげのおじさん」をイメージする方も多いでしょう。しかし実はすぐに頭に血がのぼり、たびたび喧嘩をしていた人物だということが知られています。そんな彼の人物像がわかるエピソードをここでは紹介します。

 

 

ケチで有名なフレッド・バスケットという男が小さなレストランを開いていた。カーネルはその店のカウンターでフレッドと話をしていた。
少々胃がもたれていたカーネルは水を頼んでそれに炭酸の粉末を混ぜてもらった。カーネルはこれを飲み干して席を立とうとする。するとフレッドは言った。
「サンダース、5セントだ」
てっきりタダだと思っていたカーネルは突如として頭に血が上る。
「この水が5セントだと。そんな金があれば炭酸が1箱買えるぜ」
「いや買えないね。お前はオレが出した水を飲んだんだからな。さあ、5セント払いな」
この言葉に切れたカーネルは、いきなりフレッドの顔面に鉄拳をくらわせる。よろけたフレッドはそばにあったガラスのジャーをつかむとカーネルに向けて投げつけた。カーネルが身をかわすとジャーは入り口のガラスを粉々に砕く。
「ほら、5セントだ。これでガラスでも直しやがれ。このドケチ野郎が」
この捨てぜりふを残してカーネルはその場を立ち去ったという。

 


「カッ、カッコいい……。」

 

いやいや、いきなり殴っちゃあかんでしょ!!と突っ込みたくなるエピソードですよね。ケンタッキーの前ではあんなににこやかな顔してるカーネルですが、実はものすごい喧嘩っぱやかったんですね。特に曲がったことが大嫌いだったみたいで、すぐに手が出てしまったようです。今度からカーネルの立像見たら怖くて目が合わせられませんな(嘘)

 

さらにもう一つ激しいエピソードを。カーネルは一時期弁護士実習生として過ごしていました。その時の話です。

 

 

カーネルはある日、スコットという人物の弁護を担当した。ところがカーネルはこのスコットと費用の支払いでいざこざを起こす。あろうことかスコットは、裁判所の中にもかかわらずカーネルを殴り倒してしまうのだ。

この仕打ちにカーネルが黙っているはずがない。

床にどっと倒れたカーネルは、痛みをこらえて立ち上がると、やおら近くにあった椅子をつかみスコットに向けて振り上げたのだ。またしても頭に血が上ったのである。カーネルはその場ですぐに逮捕される。

「まだ椅子を相手にぶちかましていないのに逮捕されるとはどういうことだ!」

 

この時代の人はすぐに手が出るのか??いやいや、相手のスコットさんも相当短気なんだろうけどね。でも決してやられっぱなしじゃ終わらない男、それがカーネル・サンダース。多分、周りに止められてなかったら容赦なくスコットさんに椅子を振り落としてたんだろうなぁ‥‥‥(^^;

 

この時カーネルは25歳で、これきっかけで弁護士の道を諦めることになります。まぁ、でもこんだけけんかっ早いと弁護士は性格的に向いてなかったでしょうね(>_<)

 

汚い言葉の使い手

 

カーネルが頭に血が上りやすい人というのは認識してもらえたかと思います。自伝では普通ではあまり使わないような言葉がたびたび登場するとのこと。それは次のような言葉だそうです。

 

 

dadgummit(ほっときやがれ)

daggone(くそくらえ)

dammit(damm)(くそ。うるせえ)

damned thing(この役立たず)

hell(けっ。馬鹿野郎。地獄に行け、など文脈により意味多数)

son of a bitch(sonuvabith\s.o.b)(このクソ野郎、その他ここでは書けない言葉)

 

相当口汚いですね(笑)多分、この辺のエピソードでカーネルサンダースという人のイメージが大きく変わった方も多いのではないでしょうか?実際カーネルおじさんは日本のケンタッキーの社長さんと話す時にも過激な言葉をまじえてしゃべっていたそうで、訛りもありなかなか理解しにくかったみたいですね。社長とかの前でもくそったれとか言ってたんだろうか?

 

さらにカーネル自身が自伝で次のように語っているのも面白いですね。

 

 

「5年前に下品な言葉を使わないと神に誓ったため、使える言葉は半分に減ったんじゃ。わかるじゃろ(don't cha see?)」

 

つまり、それだけカーネルの言葉は一般的に言うところの下品な言葉で埋め尽くされていたということです。半分って(笑)想像以上に激しい人物だったというのがお分かりいただけるのではないでしょうか?

 

 

まとめ

 

こんな感じで本書にはカーネルおじさんの生き方や意外な素顔が垣間見れるエピソード、また「えー!?そんなこともあったの?」と思わず言ってしまう話もたくさん載っています。

 

 

ぜひ「カーネル・サンダース」の波乱万丈の人生に触れてみてください。きっとあなたも

 

 

「カーネルおじさん、ハンパねぇ‥‥‥。」

 

 

という感想を抱くはずです。

 

 

それでは今回はこの辺で!!

最後までご覧いただきありがとうございました。